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旭川的粉雪案内 川上敦
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| 「幸せは分かち合うもの」ということもあるけれど、なにせ近頃のバックカントリーブームではそうも言ってられません。ちょっとパフパフな話でも広まろうものなら来るは来るは、土・日は言うにおよばず平日も感謝感謝のご来山。 自分たちが愛するマイナーな山がメジャーになるのは嬉しいような悲しいような。例えて言うなら、場末で明日を夢見て歌う演歌歌手をいつもは手の届くようなところで「どうして売れないんだろうな1? こんなにいい子(粉)なのにノ」と応援していたのだけれど、ある日チャンスがめぐってメジャーデビユー、「やったね!」と思いコンサートに駆け付けると自分とあの子の間には人の波、荒波かき分け「よかったね」と1言伝えようと思ったがマネージャーに止められる。「イヤー私、彼女とは古くからの友人なんです」と言ってみるも、「応援ありがとうございます。今日はコンサートで疲れていますので私から伝えておきます」と差入れのケーキを手にとるや楽屋に消えたマネージャー。当然のごとくあの子からはなにも無くノ。 と、まあよくあるような無いような話ですが、あまりに有名になると粉をつかむのも大変な話で、富良野岳などは朝の駐車場所取り合戦から始まるんですよね、これが。大阪のオバちゃんではありませんが二重・三乗駐車まで出てしまうのではという日もございます。運良く車をとめられて山を登り始めますと赤蝦夷松おおい茂るパフパフ斜面に万事のスジ。「オー、マイ デイッチー」とジョンが叫びたくなるような踏み跡が延々と続いております。「ラッセルしないんだから良いだろ」と思いのお方もございましょうが、昨日の夜降った雪がすでに踏みならされているということはそれだけの皆様がココを登られたというわけでノ。「ルールールルルルルール、父さん今日もぼくは粉に巡り会わないわけでノ」と心配になってしまうのでございます。 今あなたは、昨日心に決めたあの斜面を目指して登っています。ダイヤモンドダストがきらめく中、ダケカンバの林をラッセルしていると聞こえてくるのは自分の呼吸だけ、過ぎ去った日の至高の一本が脳裏に浮かび上がり、いやがおうにも盛り上がります。もう少しで森林限界です。ふと横に目をやると、そこには別のスキーヤー。どうも目指すところは同じよう。俄然、ラッセルに力が入ります。 とガンバったのですが、いかんせん相手の方が強靭な足腰の持ち主のようでありまして、あがけどもあがけどもその差は広がるばかり、そしてあの夢の斜面はお先に食われてしまいましたとさ、めでたしめでたし。 「そんなんめでたくないわ!」といったところが素直なお気持ちであると思われます。3年前までなら余裕のパウダーでございました。平日に人に出会うことなど考えおよばず、もし何かあったらどうしようと不安になってしまうほどひっそりと静まりかえっておりました。しかし、そんな理想的なバックカントリーも今は昔。今では足腰が強く、早起きできる者たちだけに許された弱肉強食驚異の世界な素晴らしき世界旅行兼高かおる的世界でございます。 「ヒトはなぜ富良野岳にゆくのか?」「そこに粉があるからノ。」 と本題の「旭川的粉雪案内」ですが、 1「幸せは自らつかんでこそ、そのありがたみが分かる」 2「努力無き者に粉はあたらず」 3「ちょっとは苦労してみ!」 byボンズ 以上の格言をふまえ「ビックコミックオリジナルこだわりの店」的ご案内とさせていただきます。 |
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| 旭川名物こだわりの粉雪 by しゃべりの狩人 ぴーちく川上 峠をおりるとそこは豪雪地帯だった。12月だというのに車道の脇に積まれた雪の山。商店街の二階がやっと見えるほど高く積まれている。北海道でもあまり見られない景色だ。いやがおうにも粉の期待は高まる。交差点を曲がりしばらくするとスキー揚が出てきた。じつにのどかな空気に包まれたところだ。駐車場に車をとめレストハウスヘ。小学生の頃によく滑りにいった地元のスキー揚に流れていた時間がここにはあった。僕を見てオバちゃんがあわてたように厨房で支度を始めた。小さなスキー揚なのでリフト券は食堂で売っている。地元を気取って回数券を買う。ここでは「元を取ろう」などと思って一日券を買ってはいけない。なにせリフトは1本だけなのだから。 テレブーツに履き替え、いざゲレンデヘ。そうそう、ここは長閑だから荷物は食堂に置いてゆくべし。置き引きなどといった俗な方はいらっしゃらない。20年前に訪れたカナダのスキー場もそうだったことを思い出した。ペアリフトに腰掛け山頂へ。リフトの下に40度はあろうかという粉の斜面が広がっている。そう、このスキー揚は町民の健康増進を目的につくられたのだが、全コースの50%以上が急斜面ときている。唯一の初級者コースでも最後に25度の斜面がまっているんです。毎年、本州から多くの競技スキー部が合宿に訪れるのもうなずけるというものだ。 リフトを降りて、まずは圧雪コースで滑り出し。中・緩斜面を快調に流し、その勢いのまま粉の斜面へ。ここにはオレンジ色のフェンスなどあるはずもない。足裏から突き上げるこの感触。頭の中は「快」の一文字で埋め尽くされるが、長くは続かない。目の前の斜面が消えているから。リフトの上から見たあの斜面に滑り込む。一気にアドレナリンが体中に溢れ出す。細かく刻んだ弧は似合わない。スピードとは裏腹に、ゆったりしたリズムで大きく弧を描く。右に左に、左に右にノ。脳味噌がはじける前にリフトヘと滑り込む。このコースは食堂の真ん前にあるので余計気持ちに火がつくというものだが、今日は平日、他に誰もいない。見ているのは地元のオジさん、オバさんだけだ。回数券を買うのにはもう一つ理由がある。それは、スキー場が小さいので一日モチベーションが続かないのだ。休み無く2時間、ハムスターのように滑るべし。 ほんの少しの汗と心地よい疲労感、そろそろあがり時だ。ファットスキーの雪を落とし束ね、食堂で着替える。時計ももうすぐ12時。僕を見て、オバちゃんがまた動き出す。こころの中で「オバちゃんゴメン」と呟く。そう、僕はここでは食べない。決してまずいからではない。昔ながらのゲレ食がここにはある。「でも今日はそば屋に行って、それから温泉によって帰るんだよ、オバちゃん」とまたこころで呟く。オバちゃんとの温かい交流は次回までとっておこう。 スキー場発見のための不親切ガイド 旭川から西に車で1時間、一山越えたところにそれはあります。以前は鉄道もありましたが、今は路線バスだけです。レンタカーで行かれる方がよいでしょう。また、できるだけ平日にしましょう。 ローカルスキー場には必ずと言っていいほどスキーバム的ファンかおりまして、週末ともなると狭い粉場の奪い合いになってしまうことも少なくないからです。 こんなところまで来たのですから半日滑った後は、町から北へ15分のところにある温泉で汗を流し、ふたたび町に戻って役場の横にあるそば屋さんでそばを食べながらまったりとされることをおすすめします。 |
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ハ甲田の冬 〜東北・ハ甲田編(厳冬期の赤倉岳〜箒場平ルート)〜 柿崎行則
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さあ〜、準備が整ったらロープウェイに乗り山頂駅へ。山頂駅到着後ツアーガイドたちはドアを開け外の様子をうかがう。ハ甲田の今は厳冬期の真っ直中、赤倉岳〜箒場平ルートは、いつ天候が急変するか分からないので快晴でないとツアーできないのである。ツアーガイドのGOサインがでたら、山頂駅から板を担ぐこと10分、ラッセルをしながら田茂萢岳山頂へ、もし快晴であれば紺碧の青空と日本一を誇る巨大モンスター郡、そして、目の前にはがから赤倉岳・井戸岳・ハ甲田大岳(1、585m)と目の中に入る。 厳冬期に数回だけ姿を現す山々、ツアーガイドをやって良かったと思う一時である。テレマークの板を履き、ガイドの注意事項を聞いたらいざ赤倉岳へ。田茂萢岳を出発し歩くこと15分(シールは付けない)ニセタモ東斜面に出る。ここは足慣らしの斜面で今日の雪質・雪の深さを確かめ無理せず自分の弧を描き斜面に落書きをする。滑り終えたらシールを張り登る準備、見渡す限り周りはアオモリトドマツの樹氷群、樹氷の間を登ること1時間30分赤倉岳鞍部に到着する。北方向には陸奥湾、そしてさらに目の前には、左から雛岳・高田大岳・小岳とハ甲田連峰の雄大さがうかがえる。思わずすべてを忘れ「ハ甲田山、フオーーーーッー」と叫びたくなるに違いない。 そして、シールを外し身支度をする。もちろんスキーウェアーのファスナーも忘れずに。転倒しなくてもポケットの中は雪だらけになる。ツアーガイドの誘導で赤倉岳山頂に立ち斜面をのぞく。目の前に広がるのは一枚バーン。ここはハ甲田の中で一番の大斜面。日本にもこんなすばらしいところがあると再確認する。あまりにも広すぎて膝はガクガクに震え一瞬滑り方を忘れるくらいの緊張感を覚えるかも。ここはヨーロッパでもカナダでもない、ここは「青森だ!」と気合を入れる。ここでの注意は山では絶対怪我をしない事が鉄則なので、焦らず、急がず、十分ディープパウダーのヒールフリースキーイングを楽しもう。テレマークスキーの奥深さ・自然のすばらしさを感じるだろう。滑り終えたら昼食が待っている。ただ、今は威冬期なのでゆっくりはできない。冷たい飲み物・冷たいオニギリを食べると寒さが身に凍みる。昼食が済んだらブナ・ダケカンバの林間を滑り、運が良ければカモシカやウサギたちに出会うときもある。さあ〜、あとは最終目的地の箒場平(田代高原)へ急ごう!! (誘導ポールは4月1日からの設置。従って厳冬期I・2月から3月は誘導ポールがありません! くれぐれもツアーガイドとともに行動するように願います。) |
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ハ幡平 〜昨シーズンの事故を振り返る〜 鈴木央司
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吾妻・安達太良の冬 〜華麗な生活、加齢な滑り〜 手代木徳弘
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| 最近、ピステが楽しい。 粉雪をピステンで固めた、ブラシ目の付いているフラットバーン。リフトを使って何度も何度も滑る。朝から爽快である。自分はまるで「板に乗ったお刺身」、堀○の蒲鉾になった気分である。さらに滑る、滑る、滑る……あれれ、息が切れてきた。ここ数年スキー場はがら空きで、きれいなフラットバーンがすぐにコブ斜面に変わったりはしない。コブと急斜面と細かいターンが嫌いになった私には丁度いい。昔は(注1)人だらけのゲレンデが苦手(注2)で、ゲレンデから逃げ出すことばかり考えていた。最近の道具(注3)と理想的な斜面は「もしかしたら山より楽しいかも(注4)」と思わせるぐらい魅力的だ。でもその分、昔は手つかずで1日中柴しめたはずの「ちょっと脇の斜面(注5)」は朝一以外はすぐにズタズタになってしまうが。というわけで、山に入らざるを得なくなる。この辺から、ホームグランドの吾妻・安達太良を中心にシーズンの流れを追いかけてみよう。 《10月》海の仕事も終盤を迎え、窓から見える飯豊や吾妻、磐梯山も何度か冠雪する。スキーを引っぱり出して何度かワックスがけをしてみたりする。月山や立山なんかの話も間くが、雪国の現実は厳しい。薪割り、煙突掃除、ペンキ塗り、雪囲いや冬々守ヤの準備で休日はなくなる。 《11月》南東北の冬は早い(注6)。シーズン初めの雪はよい。でも、積雪当初は底が出来ていないことが多い。山やコースのちょっとハズレは罠だらけなので、ゲレンデしか滑れない。昨シーズンの終わりはもっと上手かったはず」となぜか毎年思ってしまうのが不思議だ。 《12月》レギュラーシーズンの始まり。雪かきの合間に積雪断面観察を始めるころ。(注7) 雪に底が出来ていればコース脇やゲレンデ上部に入り始める。でも、まだ積雪が安定していないことが多く、積雪中に思わぬ障害物があることも多く、毎年怪我の話が聞こえ始めるころである。年末の吾妻小舎の周りや西吾妻の上部は結構滑れる年が多い。 《1月》正月は大人しく家族サービス(注8)に努め、たまに許しを得た上でちょっとだけ滑る。(注9)中旬以降は積雪量もピークを迎え、確実に底ができて危険も少なくなる。前の晩に大雪が降ったりすると、急に風邪をひいて仕事を休んだりするのもこのころ。山もどこでも行けるようになり、雪質も最高である。かなりの確率で下りラッセルに当たるが、気の持ちようでそれも楽しい。吾妻と南会津はどこでもOKだが、安達太良山周辺はシュカブラで、滑りにならないことが多い。天気は変わりやすくホワイトアウトがあたりまえ。地図とコンパスで吹雪の山もまた楽しい。(注10) 《2月》シーズン最盛期。アプローチの短いコースはすべて楽しめる。暖冬の年でも積雪量は十分で藪は寝かされ、大斜面が広がる。雪質は天候や斜面の向きにより千差万別。オーバーヘッドの深雪やバターにナイフを入れる感触の湿雪、表面パリパリのモナカ雪。深雪、悪雪に強いテレマークの特徴が十分生かされる。気温は軽くマイナス20度を超え、滑った後の温泉がまた楽しい。雪崩れに注意さえすれば一番楽しい季節である。(注11) 《3月》雪が締まりはじめ、緩斜面の多い気楽なコース(注12)が楽しくなる。日によってはアイスバーンや重いドカ雪もあるが、全体的に天気の良い日も多く、ガイドに付けば初心者でも山を楽しめるシーズンだ。焼き肉とビールを楽しめる季節でもある。(注13)この辺から道具を軽いものに換えて(注14)、軽快にアップダウンを楽しむことが多くなる。天気の良い日の軽いウロコ板(注15)は最高。安達太良が一番楽しい季節。 《4月》春である。高い山には大斜面が広がり、どこでも滑れる。スキー揚が閉まり始めるので、リフトやゴンドラを使っての気楽なアプローチが難しくなってくる。道路の除雪も進み、南会津の山は特に美味しい状態となる。クラックと急斜面の滑落に気を付ける位で(注16)、雪の状況によっては、最後は藪こぎや山菜取りまで楽しめることも多い。しかし、なんといっても4月といえば吾妻クラシックである。2006年は4月の第2週の土日。箕輸山を中心に久しぶりに滑り中心のコース設定らしい。温泉ホテル付きのキャンプ場でとことん飲んで、勝負。レーサーと山足はどちらが早いか、春の吾妻(注17)を十分楽しんで欲しい。 《5月》長かったシーズンも終盤。たまには月山あたりに足を仲ばすこともあるが、たいていは浄上平周辺のXC家族サービスでシーズン終了。まだまだ滑れる山も多いが(注18)、この辺から水遊び中心の生活に変化する。そろそろ漁師に戻る時期だ。 こんな感じでシーズンは過ぎていく。そういえば、最近の山は日帰りばかりで、ロングコースやエクストリームにはとんと縁が無くなった感がある。軽い道具もだんだん出番が減ってきたし、ザックはどんどん軽くなってきた。抜も、より速く、強くの方向ではなく、より楽に、疲れないの方向に向かっている様な気がする。一昔前は、テレマークを100年もやっているような妖怪ジジイ達(注19)を見て、感動していたものだった。ところが、道具の進化につれて、ますます「魂の抜けた滑り(注20)に向かう自分も、もしかしたら妖怪ジジイの世界に一歩足を踏み入れつつあるのかもしれないと思うと、ちょっと恐ろしい気もする今日この頃である。 |
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白馬の冬〜昨今粉雪事情〜 白馬の騎士
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| このところ白馬周辺の山は週末ともなるとかなりの賑わいとなります。五竜、ハ方、栂池などアプローチが良く滑りメインのエリアはたとえ右も左もわからなくても、とりあえず誰かのトレースを辿れば素晴らしい斜面を抜けて大抵の場合半日もかからずに自動的に下界へと導か れる事でしょう。もしかすると「もう一本どうぞ」と言わんばかりにドンピシャでゴンドラ乗り場にひょっこり戻ってくるかもしれません。地図もコンパスもGPSデータ付きCDガイドも必要ありません。(多分あったほうがいい??)昔から山スキーのメッカですからゲレンデトップの登山□からバックカントリーヘ出発することに関しては何の問題も無いと思います。チケット売り場で片道券を買う時に忘れずに登山届のポストの場所を尋ねればきっとすぐ近くに見つかります。 さて、最近は一つ悩みがあります。それはゲレンデ途中からの越境バックカントリーとゲレンデ内の規制区域パウダー、いわゆるカッキン(滑禁)の是非であります。数年前まではパトロールも厳しいことだしシーズン券を没収されるのも何だし、そんなとこ滑らなくてもパウダーあまってたし、「大人らしくマナーを守りましょ」で納得していました。しかしこのところ年々すごい勢いでカッキン組が勢力を強め、ゲレンデによってはかなり差があるものの、取り締まり強化〜パトもお手上げ〜見てみぬフリ〜事実上の全面開放〜という方向で進んでいるのは間違いなさそうです。 それは決して悩むべく方向ではありません。けれどスキー場側の規制を尊重して、魅惑的な斜面を横目に、ルールを守っている正直者がそんをしているのが現状で、自分はパウダージャンキーとして、そして、いい年こいたオッサンとして、滑っちゃうかそれにも我慢しちゃうか悩んでしまうのです。正式な全面開放を望みつつ、このアジアらしさというか混沌とした状態もこれで良いのかと思ったり。そもそも、リフトが山の上までお客さんを運んだからといって下車後の安全まで責任を負う必要はないはず、タクシーの運転手が歌舞伎町でおろしたお客さんの心配をしてみても仕方がないようなものです。その後ボられてスッテンテンになろうが入院するような羽目になろうが仕方ありません。「気をつけて行ってらっしゃい、楽しんでおいで!」で良いんだと思います。規制はないにこしたことはありません。しいて言えば、「18歳未満は保護者同伴で」くらいなもんではないでしょうか??? 確かにスキー場近くで遭難事故が起きてニュースになったりすると、そこがバックカントリーであったとしても一般の客足が遠のいて地域に大損が出たり、という事情もあるようです。地元救助隊から”迷惑だ”と言う声が出るような事もあると聞きます。観光とは縁のない山村で他所から来た者がそんな騒ぎを起こせば当然かもしれません。しかし村を挙げて「国際山岳観光立村」を謳う白馬村においてはそれは無いはず。山とスキーと歌舞伎町と同じにするのもどうかとも思いますが、「危ない中にも面白い」遊びの真髄を忘れないでいたいと思います。 たわいも無い話題に半分以上使ってしまいました。肝心のツアー情報について元に戻りまして、滑り系のエリアは大賑わいでガイドも何も必要ないでしょう、という事でボーダーやスキーヤーがあまり来ない”テレマークだからこそ"というエリアでアップダウンのロングコース、風吹大池を紹介したいと思います。「ああ、あの滑るところの無いクラシックコースね」と言うなかれ、風吹を中心に栂池から北小谷、姫川温泉、蓮華温泉の範囲を線でなく面で見ると数え切れないくらい沢山のいい斜面があります。その代表はパウダーガイド誌にはあまり知られたくありませんがもう時間の問題なので言ってしまうとウラヒヨという親沢源流。(載せないでね??)ここだけで10本以上のラインが取れます。 そして山の神を越えてまた北斜面のツリーランを滑ってもう一回登れば風吹大池です。風吹岳と横前倉岳、服岳の東面には5本以上の大斜面が取れます。または蒲原山へ縦走して紙スキ牧場を滑るのも気持ちいいし、さらに奥の一難場山まで行けば以前にスキー場開発が頓挫したと言われる幻のオープンバーンを飛ばせます。滑る事に偏らず、ウロコのスキーで御馴染み天狗原からフスブリを越えて木地屋へ向かうも良し、先の紙スキや幻の斜面を細板でアグレッシブに攻めるも良し、楽しみは無限です。 付け加えると、最近春になって沢が埋まるとスノーモービルの集団と出会ったりもしますが、話せばわかる人達で、「俺達はあっちを滑るから」と言えば「じやあ俺達は向こうへ行くね」という感じなので、積極的に手を振って停めて話したほうがいいと思いますJ 最後に当たり前の事ですが、随所で雪崩は起こり得ます。それとパウダーの時期に日帰りで抜けるには上等のヘッデンを入れておいたほうがいいです。それとそれと、このエリアは小谷村と糸魚川市で、どちらも”国際山岳〜″ではない様なのでそこのとこ自分も含めお互いに、駐車など住民の方々に迷惑を掛けないように大人のマナーで楽しんでいければいいですね。 |
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富山の冬〜うまい鮨屋さん、教えてくれませんか?〜 野村哲男
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| 小生の住む、ここ富山はスキーシーズンが日本で一番長い地域のような気がします。11月の立山から始まって、12月からの本格的ゲレンデシーズン、そのゲレンデが終わる頃、春の立山が始まり6月頃までは十分に楽しめます。場所を選べばサマースキーも出来ますし。ゲレンデシーズン中の雪質は富山より内陸の地域や緯北の地域には劣りますが、パウダーが楽しめないわけじゃないです。西高東低の気圧配置になって将軍様が一息かければ、全国だいたいのエリアは真っ白けなわけで当然、富山のエリアも粉まみれになります。で、なにが魅力かと言えば・・・・・・。 まずは、降雪がありすぎるとリフトが定時には運転されないです。その遅れてる時間を利用してのハイクアップで一本。そして至福。平日なんぞは人が少ないので競争率も低く寝坊してても、至福。小生がホームゲレンデとしている立山山麓には3つのスキー場があり、一番奥にあるスキー場は数年前にNPO化されていてシーズン前の草刈りなどの作業を手伝うとシーズン券が安く手に入ったり、リフトを勤かすための除雪などはお客さんも手伝ってて和気蕩々としてます。真ん中にあるスキー場は富山県が経営してます。今、この営業に付いて県議会で議論されてます。どうやら累積赤字も多くて、この先の見通しがただないと言う理由で閉鎖する方向に進んでるみたいです。本当に閉鎖するか、しないかはわかりませんがこんな状況はここら辺りだけではなく、方々から良く似たお話が伝わってきます。仮の話として……閉鎖されたスキー場はテレマーカーにとっては大変ありかたい気がします。シール貼ってホイホイと登って行けばいいわけですから・・・・・。閉鎖される前は当然滑走禁止エリアもあっただろうし……よだれ。 『そんなんじゃなく、もっとレアな情報を教えろ!』って声がしますが、この紙面じゃそう簡単にはお教えできません。でも、あまりケチってもしょうがないのでその玄関口まではお連れしましょう。そして、そこの扉はご自身でお開けになってください。なにやら最近はバックカントリー(以下BC)ブームやらで各メディアがツアーコースの紹介や新しい道具のインプレ、GPSのデータもあったりして驚くばかりの勢いでBCが紹介されてます。小生、そんな旬な情報は大変嬉しく、それを目にした日の夜は眠れないほど興奮します。小生は30年くらい前から立山周辺でスキーを楽しんできました。(ブランクもありますが) 当時はツアースキーと言う感覚ではなく、ただ単にそこに雪の付いてる斜面があるから滑っているという感じでしたね。そしてスキー雑誌や山雑誌の隅っこにあった情報をもとに道具や知識などを収穫し自分なりのアレンジをして、よりツアー指向へと変換した結果、テレマークスキーに出会いました。さらにその進化の過程で昨今の快適なツアーを楽しんでる小生がいます。古くさいことを言う気はないのですが、30年の歳月がなくてもI冊の本もしくは1台のパソコンがあれば簡単にBCを楽しむことが出来ます。小生もこんな手軽にBCが出来たらいいな〜と思ってた一人です。仲間の輪が広がったり、近代化された道具も買ったりしました。 ところがBCが手軽になったらなったでいろいろな問題も生じてます。頭でっかちと言うか、理論上で経験値が成立してる人が増えてて、五感プラス第六感が鈍ってるような気がします文明の利器(GPSなど)をメインな道具に使わず、あくまでもセカンドチャンス的な使い方をして、実践を通して五感プラス第六感の感性を磨くのが先決ではないでしょうか。特に感性の鈍い人や経験値の低い人は北アルプスの奥地では通用しませんよ。逆を言うと感性の鋭い人は、詳細な情報がなくてもおいしい所に必然と導かれるみたいです。と言うわけで最近、小生の考えにも変化がありシークレットポイントなどのレアなものの情報を気軽に発信するのを控えようと務めてます。 サーファーの友人が居ます、彼はサーフショップも経営してます。『WEB上にある全国の波情報で載せてないのは富山の波情報だけ』って言ってました。『異端児扱いされてるんだけどね』っても言ってました。彼曰く『要はさあ〜ここへ来てみんなと仲良くなったらどこでもOKなんだよね』 唯一、ルールがあるとすればこんなことじゃないでしょうか。きっかけは雑誌を見て来られてもいいんだけど、いきなりその雑誌をだして『此処へはどうしたら行けますか?』ってのは無しです。それより、まずは『うまい鮨屋さん、教えてくれませんか?』でしょう。ローカルな人だちとこんな風に始まればおいしい所に道れてってくれますよ。これはどこの地域でも言えるんじゃないでしょうか。 |
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関西の冬〜西日本バックカントリースキーのメッカ氷ノ山を滑る〜 橋本剛
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| 西日本のバックカントリーのメッカの一つ、氷ノ山を紹介したいと思う。 氷ノ山は、鳥取県と兵庫県の県境に跨り、イヌワシやツキノワグマが生息する西日本で数少ないブナ林の残る豊かな森を抱える。山頂の標高は1510mと決して高くはないが、冬は樹氷ができるほどの豊かな積雪があり、古くから冬山登山の対象とされてきた山域である。最近は、山スキー、テレマーク、スノーボーダー、の入山者も増えてきている。兵庫県側の氷ノ山スキー場などからも登れるが、鳥取県側の若桜氷ノ山スキー場からが一番アプローーチし易いであろう。装備を揃えて登山計画書を提出すると一番上のシングルリフトにて中間駅より上に行くことができる。西日本BCFもこのスキー場で開催予定だ。 氷ノ山のお勧めコーースは、最上部シングルリフトよりアプローチし、ニノ丸(地元では三ノ丸という)北側の夫婦杉から滑るわさび谷である。尾根から沢筋への快適な斜面の滑りを堪能できる。氷ノ山山頂と組み合わせて下山ルートに選べば氷ノ山山城を十分に堪能出来るお勧めのルートである。条件に恵まれればパウダーにも出会うことが出来るが、雪崩の危険もあるので十分な装備と経験者を連れて行くことが必要だろう。最近、リフトで効率的に登れるせいもあり、装備も計画書も出さず地図も持たず、トレースを辿って紛れ込んでしまうスノーボーダーなどが遭難事故を起こしているので十分注意したい。ニノ丸付近のブナ林から沢に直にすべり出すと、遭難事故のあった大きな滝のあるミクワ谷に入ってしまうので注意したい。 |
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